ATX 電源を利用した真空管アンプの製作


 11BM8なる真空管を手に入れたので、これを使って 簡単なシン グルアンプを製作することにしました。11BM8は、三極五極管6BM8と同一特性で、ヒーター電圧のみ 10.7(V)/0.45(A)に変更してあるものです。電圧増幅用の三極部と、電力増幅用の五極部とからなり、 このような簡単なアンプに用いるのに好適な真空管です。

 真空管を使用する場合に、一番問題になるのは電源です。ヒーター電源(A電源と呼ばれます)、 高圧(B電源と呼ばれます)の最低2種類が必要で、回路構成によっては、 さらに負の電源(C電源と呼ばれます)も必要となります。

 ヒーター電圧が10.7(V)ですので、A電源としては、パソコン用のATX電源の+12(V)を流用することを考えました。少しだけド ロップ抵抗を入れてやれば使えそうです。

 B電源は問題です。色々な方法があるとは思いますが、B電源もATX電源を利用することとし、+12(V)をDCDCコンバータで昇圧する方式を採用す ることとしました。出力電圧は70(V)に設定しています。普通、真空管のB電圧としては200(V)前後が用いられますので、70(V)では低すぎるの ですが、スイッチングに用いたFET(SUP85N15-21)の耐圧が150(V)ですので、コイルで発生するサージ電圧なども考慮して、あえて低めの 電圧にとどめました。

 B電圧が低いので、プレート電圧をできる限り稼ぐため、出力段は固定バイアス回路とし、そのために負のC電源を用意します。ATX電源か ら供給される-12(V)を利用すればよいでしょう。



 設計した電源回路は、以下の通りです。



 では、この回路について一つ一つ見ていきましょう。

 ATX電源の+12(V)そのままでは、11BM8のヒーター電圧としては高すぎますので、ドロップ抵抗としてR11を挿入しています。ステレオアンプ ですので、2本の11BM8が必要です。11BM8のヒーターの定格は10.7(V)/0.45(A)ですが、電圧値よりも電流値を優先してドロップ抵抗 を決定します。11BM8のヒーターを2本並列にした状態で、0.5(Ω)を入れると、ちょうど0.9(A)となりました。そこで、R11は、0.5 (Ω)5(W)と決定しました。

 R9、R10、C5はタイマーで、電源投入後、しばらくしてからQ4を導通させる働きをします。すなわち、電源投入後、約10秒間はR12がヒーターに 直列に入りますが、その後、Q4がR12を短絡します。これは、最初は11BM8のヒーターが温まっておらず、従って非常に低い抵抗値となっているため に、電源投入直後にヒーターに大きな突入電流が流れるからです。これをATX電源が短絡と誤認して、保護回路が働き、シャットダウンしてし まう可能性があります。そこで、最初はある程度電流を制限しておき、ヒーターがある程度温まってきたら、電流制限を解除しているのです。このR12はま た、11BM8のヒーターを、電源投入時の突入電流から保護する役割も兼ねています。なお、D3は、電源切断時にC5にたまった電荷を速やかに放電させる ためのダイオードです。

 B電源は、昇圧型チョッパー回路となっています。最初、チョッパー用の専用ICである、MC34063Aを使って実験していましたが、こ のICでは、デューティー比が最大でも0.85程度で、12(V)を70(V)に昇圧するにはあまり余裕がありません。また、このICは電圧制御をするの に、スイッチングそのものをON/OFFしており、その周期が1(kHz)程度となります(スイッチングそのものの周波数は数10(kHz)です)。この ため、アンプに耳障りなノイズが入ってきます。これを除去しようと、ラインフィルターを入れたり、色々な対策を試したのですが、どれも満足な結果が得られ ず、結局、MC34063Aは諦めてしまいました。

 そこで、代わりに、PICのPIC12F629を用いて、ソフトウェア的にチョッパーを制御することとします。MC34063Aでは、出 力電圧が設定電圧よりも高くなるとスイッチングを中断し、出力電圧が設定電圧よりも低くなるとまたスイッチングを開始することにより、出力電圧を一定に 保っています。この方式では、スイッチングを断続するため、どうしても可聴域の周波数を持ったノイズが発生します。そこで、PICを利用して、出力電圧が 設定電圧よりも高くなると、スイッチングパルスのデューティー比を下げ、その逆の場合はデューティー比を上げるように、ソフトウェア的にPWM (Pulse Width Modulation)制御します。この方法では、スイッチングパルスのデューティー比が滑らかに変化するだけであ り、スイッチングそのものが断続するわけではありませんので、MC34063Aを用いた場合に比べて、可聴周波数のノイズは大幅に軽減されます。PICの クロック周波数は20(MHz)とし、スイッチングパルスの周波数は20(kHz)前後としました。

 回路図中では、L1、Q3、D2、C3が昇圧型チョッパーを構成します。D2には、耐圧600(V)のファーストリカバリダイオードを用いました。コイ ルはパワーインダクター(電力用のコイル)とします。



 以下に、プログラムリストを示します。内部基準電圧を利用するコンパレータを動作させる設定としています。また、その内部基準電圧は、 PICの電源電圧の1/2に設定しました。本機では2.5(V)となります。また、この設定では、PICのポート1(6番ピン)がコンパレータの入力ピン となります。そこで、出力電圧を抵抗で分圧してPICの6番ピンに加えます。PICはこの電圧と内部基準電圧とを比較して、その結果に応じてパルスの デューティー比を調節し、ポート0(7番ピン)にパルスを出力します。このパルスを用いてQ3をスイッチングし、出力電圧を一定に保つ仕組みになっていま す。なお、Q1とQ2はいわゆるSEPP(Single-Ended Push-Pull;デジタル回路におけるトーテムポール出力と同じ)を形成しており、PIC直接ではQ3のゲート容量を速やかに駆動できないた め、バッファとして入れています。


    LIST    P=12F629
    INCLUDE    P12F629.INC
    ERRORLEVEL -302

CB = _CPD_OFF
CB &= _CP_OFF
CB &= _BODEN_ON
CB &= _MCLRE_OFF
CB &= _PWRTE_ON
CB &= _WDT_OFF
CB &= _HS_OSC

    __CONFIG    CB
    __IDLOCS    H'0100'

    CBLOCK    H'20'
      CNT1
      CNT2
      CNT3
      N_ON
      N_OFF
    ENDC
;---------------------------------
    ORG        H'0'
    GOTO        L1
;---------------------------------
    ORG        H'4'
    RETFIE
;---------------------------------
L1:
    BANKSEL        GPIO
    MOVLW        B'00000000'
    MOVWF        GPIO

    BANKSEL        VRCON
    MOVLW        B'10101100'        ; REF. VOLTAGE = 1/2 * Vdd
    MOVWF        VRCON

    BANKSEL        CMCON
    MOVLW        B'00000100'    ;COMPARATOR WITH REF. VOLTAGE
    MOVWF        CMCON

    BANKSEL        TRISIO
    MOVLW        B'00001010'    ;PORT 0,2 = OUT, PORT 1,3 = IN
    MOVWF        TRISIO

    MOVLW        D'5'
    MOVWF        N_ON
    MOVLW        D'75'
    MOVWF        N_OFF

    CALL        WAIT20SEC

L2:
    BANKSEL        CMCON
    BTFSC        CMCON, COUT   ; COMPARE VOLTAGE
    GOTO        TOO_LOW
    MOVLW        D'5'
    SUBWF        N_ON, W
    BTFSS        STATUS,C
    GOTO        L3
    DECF        N_ON,F     ; DECREASE DUTY RATIO
    INCF        N_OFF,F
    GOTO        L3
TOO_LOW:
    MOVLW        D'5'
    SUBWF        N_OFF, W
    BTFSS        STATUS,C
    GOTO        L3
    DECF        N_OFF,F  ; INCREASE DUTY RATIO
    INCF        N_ON,F
L3:
    BANKSEL        GPIO
    MOVLW        D'20'
    MOVWF        CNT1
L4:
    MOVLW        B'00000101'     ; PULSE HIGH, LED ON.
    MOVWF        GPIO
    MOVF        N_ON,W
    MOVWF        CNT2
L5:
    DECFSZ        CNT2,F
    GOTO        L5
    MOVLW        B'00000100'    ; PULSE LOW, LED ON
    MOVWF        GPIO
    MOVF        N_OFF,W
    MOVWF        CNT2
L6:
    DECFSZ        CNT2,F
    GOTO        L6
    DECFSZ        CNT1,F
    GOTO        L4
    GOTO        L2
;---------------------------------
WAIT20SEC:
    BANKSEL        GPIO
    MOVLW        B'00000100'
    ANDWF        GPIO,F

    MOVLW        D'100'
    MOVWF        CNT3
L7:
    MOVLW        B'00000100'    ;  FLASH LED
    XORWF        GPIO,F

    MOVLW        D'200'
    MOVWF        CNT2
L8:
    MOVLW        D'200'
    MOVWF        CNT1
L9:
    GOTO        $+1
    GOTO        $+1
    GOTO        $+1
    GOTO        $+1
    GOTO        $+1
    GOTO        $+1
    GOTO        $+1
    GOTO        $+1
    GOTO        $+1
    GOTO        $+1
    GOTO        $+1
    DECFSZ        CNT1,F
    GOTO        L9
    DECFSZ        CNT2,F
    GOTO        L8
    DECFSZ        CNT3,F
    GOTO        L7
    RETURN
;---------------------------------
    END


 このプログラムでは、デューティー比は0.05から0.95まで変化しますので、理論上は20倍まで昇圧できることになり、12(V)入力を70(V) に昇圧するためのチョッパーとしては余裕があります。実験では、100(V)以上に昇圧しても、安定に電流が取り出せていました。

 また、「WAIT20SEC」というサブルーチンが入っていますが、これは、11BM8のヒーターが温まってからB電圧を印加するためのタイマーです。 既述したようにヒーターの突入電流制限が約10秒間あり、その後、ヒーターが温まるまでの時間を約10秒間とし、合計20秒間待機してから、チョッパーの 動作を開始するようにしています。真空管に優しい使い方をするためにも、ヒーターが温まってから高圧を掛けるようにしましょう(実際には、 本機のように70(V)程度ではそれほど気にする必要もありませんが、数百(V)の高圧を掛ける場合は必須です)。

 なお、WAIT20SECルーチン中では、PICのポート2(5番ピン)に接続されたLEDを点滅させ、ヒーターの温度上昇待機中であることを示すよう にしました。その後、チョッパーが動作を開始するLEDは点灯に変わり、高圧が印加され始めたことが分かるようになっています。

 このようなチョッパー型DCDCコンバータの一つの欠点は、入力と出力とが絶縁されていないことです。そのため、特に、非絶縁型チョッ パーなどとも呼ばれます。アンプがAC100(V)に直接つながることは非常に危険ですので、必ずどこかで絶縁しなければなりません。幸い にも、ATX電源は内部でAC100(V)と絶縁されていますので、本機ではこのように非絶縁型チョッパーを用いても問題は起こりません。

 また、実際のチョッパー回路では、過電流に対する保護も必要となります。しかし、ATX電源が十分な保護回路を備えていますので、本機では、チョッパー の前にヒューズ(実際にはポリスイッチ)を入れるだけの簡単な保護で済ませることができます。この点でも、ATX電源を利用することはメリットと言えるで しょう。



 続いて、アンプ本体の製作に移ります。まず、11BM8のピンアサインを以下に示します。




ピン番号
電極名
1
三極部のグリッド
2
五極部のカソードと第三グリッド
3
五極部の第一グリッド
4
ヒーター
5
ヒーター
6
五極部のプレート
7
五極部の第二グリッド
8
三極部のカソード
9
三極部のプレート

 設計した回路は、以下のようになりました。これは、ステレオの片チャンネルのみを示しています。B電源の70(V)は、先ほど作成した電源回路から供給 されます。また、C電源の-12(V)は、ATX電源から直接供給されます。



 特に何の変哲もないシングルアンプ回路ですが、若干の説明を加えたいと思います。B電圧が70(V)ということでかなり低いので、プレート電圧を確保す るために、五極部は固定バイアス回路となっています(三極部は通常の自己バイアス回路です)。それに伴い、五極部のグリッド抵抗R5を47kΩと低く取 り、動作の安定化を図っています。R4は、R5との関係、あるいは、三極部のプレート電圧をできるだけ確保するという両方の観点から、これも47kΩに設 定しました。また、B電圧が低いため、アンプ本体にさほどゲインがありませんので、オールオーバー帰還はかけずに、R3ならびにR7による、ごく弱い電圧 帰還にとどめています。

 五極部のグリッドバイアス電圧は、VR1により調節します。音の歪や、プレート電流などを総合的に勘案して決めますが、おおむね、-6(V)から-8 (V)程度でいいのではないでしょうか。

 T1は出力トランスです。真空管用の出力トランスは、どれも価格が高いことが難点です。ここは簡易アンプということで、中古で手に入れた一次側100 (V)、二次側2.5(V)(実際には二次側5(V)のセンタータップ)の電源トランスを流用しています。これなら、一個210円です。シングルアンプの 場合、もしもトランスのコアにギャップが入っていない場合、長期使用するとトランスが磁化してくる可能性があります。 何せ中古のトランスで素性が全く分かりませんが、とりあえず使ってみることにしましょう。電源トランスの場合、半波整流に対応するように コアにギャップが入っていることもあります(昔の電源トランスはそうでしたが、最近のはそうでないことも多いようですが…)。



 これが、電源部の基板です。中央やや左下に見えるのはPIC12F629、放熱器に取り付けられているのは、MOS-FETのSUP85N15-21で す。その他、パワーインダクタや電解コンデンサなどが見えます。




 一方、こちらはアンプ本体の基板です。部品が2つずつペアに配置されていますが、左右チャンネルを一枚の基板に載せたからです。B電圧が70(V)で低 いので、このようにユニバーサル基板上に組んでも問題ありません。



 これが、作成したアンプの外見です。電源部とアンプ本体基板は、アルミケースの中に入れました。ケース上部には、2本の11BM8と、電源トランス利用 の出力トランスが配置されています。



 トランスを俯瞰したところです。一次側100(V)、二次側2.5(V)-0(V)-2.5(V)のトランスです。一個210円で売られていたもので す。



 アンプが組み上がったところです。ATX電源ならびにパソコン用のCD-ROMドライブと接続し、音楽CDを再生しています。





 さて、肝腎の使用感ですが、B電圧も低く、また、出力トランスは中古の電源トランスで代用するというお粗末な設計の割には、いい音が出ているように思い ます。ごく弱い負帰還しかかけていないせいか、音に躍動感があり、真空管特有の深みを持った音です。B電圧70(V)では、大した出力は出ませんが、それ でも小さな部屋で1人で聞くのであれば、充分に使える音量です。

 ただし、一つだけ、予期しないことが起こりました。CDドライブのヘッドが移動するときに、「ジー」という特有のノイズが入ることがあります。CDドラ イブのヘッドを動かすモータの影響かも知れませんが、はっきりした原因は特定できませんでした。


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