真空管のヒーターに関する実験
最近、レトロブームで、真空管アンプが流行っているようです。私も、子供の頃、真空管ラジオを何台か製作したことがあり、ほぼ30年ぶりに、真空管をちょっといじってみたくなりました。
早速、名古屋大須の電気街に出かけます。真空管を扱っている店が、数軒ありました。
そのうちの1軒で、ロシア製の12AX7という真空管を見かけました。私が知っている真空管といえば、6BD6、6BA6、6BE6、6AR5、6AV6などだけで、この真空管は知らなかったのですが、店の人が双3極管だというので、試しに1本買ってきました(1000円)。
これを使って何を作るかは、今からゆっくり考えます。考えるためには、敵を知らなければなりません。それで、手始めに、まずこの真空管のヒーターの特性を調べることから着手しました。
この真空管は、1本の真空管の中に、3極管が2つ入った、いわゆる双3極管です。ヒーターが2本あり、それらを並列にすると、6.3V、0.3A、それらを直列にすると、12.6V、0.15Aで点灯させることとなります。
まず、ヒーター電源の選択と点灯方法について考えなければなりませんでした。思いついたのは、次の3つです。
(a) 100V-12Vのトランスを用いて、交流点灯する。
(b) 100V-12Vのトランスを用い、整流して直流点灯する。
(c) 12Vのスイッチング電源を用い、直流点灯する(パソコン用の電源を流用)。
(a)は一番簡単です。ただ、トランスの2次巻線と、真空管のヒーターを直結するだけでOKです。但し、組みあがったときに、交流60Hzのブーンと言う音(ハム)が入る可能性があります。
真空管には加熱方式の異なる2種類があり、ヒーターのフィラメントが真空管の陰極も兼ねる直熱管と、ヒーターと真空管の陰極とは別になっている傍熱管とがあります。
直熱管は、高温のフィラメントがすなわち陰極ですので、電子が勢い良く放出されます。そのため、大電流を必要とする、電力増幅管(出力管)などに多用さ
れます。ただ、交流点灯すると、フィラメントの温度が交流に合わせて変動し、ハムが問題となります。そのため、ハムバランサなどのトリッキーな技巧を併用
する必要が出てきます。
一方、傍熱管の場合は、陰極を間接的に加熱するだけですから、交流点灯しても、ハムはそれほど問題にはなりません(もちろん、全く問題がないわけではありませんが)。その代わりに、電子の飛び出し方は、直熱管にはかない
ません。12AX7は傍熱管ですから、交流点灯も視野には入ります(ただし、ネット上の資料によると、傍熱管であるにもかかわらず、12AX7は交流点灯
に向いていないそうです)。
(b)の場合は、直流点灯ですから、ハムの問題はなくなります。ただし、整流回路が必要です。
(c)の場合は、始めから直流ですので、真空管のヒーターに直結できます。しかも、ハムの問題もありません。
パソコン用の電源が1台余っていましたので、これを用いて、まずは、(c)の方式でヒーターを点灯させてみることにしました。
12Vスイッチング電源による直流点灯の実験1
12AX7は、9ピンの双3極管です。ピンアサインを以下に示します。
1ピン
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3極管1のプレート(陽極)
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2ピン
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3極管1のグリッド(格子)
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3ピン
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3極管1のカソード(陰極)
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4ピン
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ヒーター
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5ピン
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ヒーター
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6ピン
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3極管2のプレート(陽極)
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7ピン
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3極管2のグリッド(格子)
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8ピン
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3極管2のカソード(陰極)
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9ピン
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ヒーターの中点
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この真空管を、12.6Vで点灯させる場合は、4ピンと5ピンの間に12.6Vを印加し、9ピンは空きとなります。
一方、6.3Vで点灯させる場合は、4ピンと5ピンを短絡し、そこと、9ピンとの間に6.3Vを印加します。
今の場合は、12Vのスイッチング電源を用いますので、前者の点灯方法となります。12Vのスイッチング電源では、ヒーター電圧の定格である12.6Vより
僅かに低いのですが、これぐらいは許容範囲でしょう。実際に接続し、流れる電流をテスターで測ってみます。結果は、150mAぴったりでした。めでたしめ
でたし、と言いたいのですが、ちょっと気になることがあります。それは、電源をONにした直後、電流計が230mAぐらいを示し、それから徐々に電流が下
がってきて、しばらくすると150mAとなることです。
真空管のヒーターも電球と同じですから、温度が低い状態では抵抗値は低く、発熱して高温になると、抵抗値が増加します。12.6V、0.15Aという定格は、発
熱した状態での話です。ですから、電流を流し始めた初期の段階では、フィラメントの温度が十分に上昇していないため、フィラメントの抵抗値が低く、そのた
めに、定格よりも大きな電流が流れるのです。いわゆる、突入電流(ラッシュ・カレント)というやつです。
真空管のヒーターのフィラメントは、突入電流に耐えるように設計されているので、問題はないと言う人もいます。しかし、白熱電球などが切れるのも、ス
イッチをONにした瞬間が多いことは経験の通りです。昔と違い、現在、真空管は使い捨てにはできませんので、なるべく、フィラメントに優しい点灯方法とし
たいものです。
デジタルテスターでは、表示に時間がかかるため、スイッチをONにした瞬間の突入電流が正確にわかりません。それで、真空管のフィラメントに1Ωの抵抗を直列につなぎ、その両端の電圧をオシロスコープでモニターすることにより、突入電流を正確に測定することにしました。
その結果、スイッチをONにした瞬間には、定格の2倍にあたる、約300mAの電流が流れていることが分かりました。いくら、突入電流には耐える設計がしてあるとは言え、あまりうれしい測定結果ではありません。
とりあえず、この実験はここで一旦終わることにして、(a)の方法である、交流点灯の実験に移ります。
トランスを用いた交流点灯の実験
上の実験をした段階で、交流点灯をする可能性は、私の頭の中からは、ほとんどなくなりました。なぜなら、直流点灯でも定格の2倍の突入電流があ
るのですから、交流点灯では、尖頭値のときには、さらに大きな電流が流れると予想されるからです。ただ、実験だけはしておいても良いので、やってみること
にしました。
100V-12Vのトランスを用意します。ジャンク屋で400円で買ったものです。2次巻線を直接、真空管の4ピンと5ピンにつなぎます。実際には、流れている電流をモニターするため、1Ωの抵抗をはさみ、オシロスコープでモニターしながらやります。
当たり前のことですが、スイッチをONにした後、最初の山または谷では、定格のほぼ3倍にあたる、約450mAの電流が流れました。直流
12Vでも、突入電流は約300mAあるわけですから、交流ではその√2倍の突入電流が流れるのです。突入電流は瞬間的なものですが、定格の3倍となる
と、ちょっと考え物です。本当に、それでも問題ないのでしょうか。真空管はいまや貴重品ですから、白熱電球のように、切れれば「はい交換」、というわけには行
きません。できれば、突入電流を、できる限り緩和したいものです。そんなわけで、交流点灯は、実験のみで終了です。
12Vスイッチング電源による直流点灯の実験2
そこで、12Vスイッチング電源に戻ります。突入電流を阻止するためには、抵抗を直列に入れなければなりません。ですから、まず、真空管のフィラメント
の電気抵抗を測定してみました。12AX7の4ピンと5ピンの間の抵抗を計りますと、約36Ωです。実際、12(V)÷36(Ω)=0.33(A)ですの
で、突入電流の実測値300mAと大体一致します。
定格によれば、点灯時の抵抗は、12.6÷0.15=84Ωと推定されますから、電源ON直後の抵抗は、点灯時の半分以下ということになります。
一番安直な考え方は、真空管のヒーターと直列に、84-36=48Ωを入れるというものです。しかし、この方法はうまく行かないことがわかります。確かに突入電流は制限できますが、その副作用で点灯時の電流まで減ってしまって、真空管が動作しません。
色々とネット上で調べてみると、MOS-FETを用いて、電流を制御する方法がありました。回路図は以下の通りです。抵抗とコンデンサを用いて、FETのゲート電圧をゆっくりと上昇させ、突入電流を制限する仕組みです。早速作ってみます。
ところが、この回路をいざ真空管のヒーターにつなぎ、電流計を見ながら実験してみると、突入電流の問題は全然解決されていないことが分か
りました。どういうことが起こるかと言いますと、電源投入直後、コンデンサーの電圧は0で、従ってFETは導通していません。コンデンサーに充電され、次
第に電圧が上がってくると、ある時点でFETに急に電流が流れるようになり、その結果、やっぱり突入電流が発生するのです。
多くの人のホームページに、抵抗やコンデンサの値、使用するFETの型番は違うものの、上記の回路が掲載されていますが、この回路でも依然として突入電流が流れるということはあまり書いてありません。
そこで、ヒーターを“予熱”した状態からスタートし、次第にFETのゲート電圧を上げることを考えました。回路図は以下の通りです。
この回路では、FETのゲート電圧は0[V]からはスタートしません。下の、50kΩのボリュームで適切な値に合わせ、スイッチON時に、ある程度の
電流を流しておくようにしました。そこから、ゆっくりと電流を増やしていくようにしました。いわば、ヒーターの温度上昇に合わせて、FETのゲート電圧を
上げていこうと思ったわけです。
しかし、言うは易し、行うは難しで、実際には、2個のボリュームを調節して、ヒーターの温度上昇とゲート電圧の上昇とをうまく合わせることは至難の業で
す。少しでもタイミングがずれますと、やっぱり突入電流が生じます。しかも、FETのゲート電圧とドレイン電流との関係は、周囲温度によって相当変動しま
す。その日の気温に合わせて、ボリュームを常に調節することは実際的ではありません。
結局、この方法も没となりました。
最後に試した方法は、以下のようなものです。コンデンサーの容量を100μFから330μFに増やし、タイマーの時間を引き延ばしてあります。
この回路では、FETに51Ωを並列に接続するところがポイントです。スイッチON直後には、FETは導通していませんから、51Ωがヒーターと直列に
入り、突入電流を制限します。これは、ヒーターの“予熱”状態と言うことできます。時間がたち、コンデンサーが充電されて、FETのゲート電圧が上がって
くると、FETが導通して、51Ωを短絡します。しかし、その前の予熱の段階でヒーターの温度は十分に上がっていますので、FETが急に導通しても、突入
電流は生じません。
実際の実験では、スイッチをONにすると、その瞬間に、約150mAの電流が流れます。これは、突入電流には違いないのですが、51Ωの抵抗によって電
流値が制限され、定格電流内に収まっています。そこから、ヒーターが温度上昇を始めますので、ヒーターの電気抵抗が増加し、電流は減少します。開始5秒後
に約120mA、開始10秒後に約105mAとなりました。しかし、そこからはヒーターの温度がほぼ平衡に達し、ほとんど電流は減少しません。開始20秒
後、コンデンサーの充電が進み、FETのゲート電圧が上がって、FETが導通しはじめます。電流が105mAから増加し始めます。開始25秒後、電流は定
格ぴったりの150mAまで増加し、そこで安定しました。
51Ωにさらに並列につないだLEDは、予熱完了を知らせるLEDです。FETが導通していない状態では、51Ωの両端に数Vの電圧が出ていますから、LEDが光ります。FETが導通すると、51Ωの両端の電圧はほとんど0となり、LEDは消えます。
この方法のいいところは、FETのON抵抗は極めて小さい(数10mΩ)ため、予熱が完了してしまうと、ほとんど電圧降下がないことです。そのため、ヒーター電圧と等しい、12Vのスイッチング電源を使用しても、全く問題ありません。
トランスを用いた直流点灯の実験
スイッチング電源を用いた直流点灯の実験がうまく行ったので、次に、トランスを用いた直流点灯の実験をしてみます。
上は、よく見かける、ヒーターの直流点灯ための回路ですが、これには大きな問題があります。ヒーターの定格電圧は12.6Vで、トランスも100V-
12Vのものを用いています。トランスの2次側には確かに交流12Vが出てきますが、これをダイオードブリッジで整流すると、その√2倍の、直流17Vが
出てきます。実際には、ダイオードブリッジでの電圧降下が1.3Vほどありますので、ヒーターにかかる電圧は16V前後となりますが、とにかく、ヒーターの定格12.6Vよりもはるかに高い電圧の直流が、ヒーターに印加されます。しかも、直流ですので、連続して印加されます。これは、交流点灯よりもさらに由々しき問題です。真空管のヒーターにとって、決して良いことではないと思います。
これも、安直に考えると、ダイオードブリッジの後に、12Vのレギュレータを入れて、ヒーターに12Vしかかからないようにしてやればいいように思いま
す。しかし、このようにした場合は、12Vのスイッチング電源に直接ヒーターを接続したのと同等になり、スイッチON時に、300mA近い突入電流が流れま
す。
では、どうすればよいのでしょうか?私が考えた答えは、以下のようなものです。LM317Tを用いた定電流回路を入れてやるのです。
LM317Tは、もともと、可変電圧レギュレータ用に設計されたICですが、このように、定電流回路にも応用できます。LM317Tの2ピンと1ピンの
間は、高い精度で、1.25Vになるように維持されています。そこに、8.2Ωを接続すると、1.25(V)÷8.2(Ω)=0.15(A)が得られま
す。これをヒーターと直列に接続することにより、ヒーターには常に150mAの定電流を流すことができるのです。
電流の精度を保つため、8.2Ωは精度1%の金属皮膜抵抗とし、最低でも1/2W、できれば1W物を使用します。
実際にこの回路を製作し、電流を測定しますと、さすがにLM317Tの精度は素晴らしく、始めから終わりまで、ほとんど変動することなく、150mAが流
れます。ヒーターの両端の電圧は、電源投入直後は約4V、1秒後に6V、2秒後に8V、3秒後に10V、4秒後に11V、5秒後に11.5Vとなり、そこ
からは頭打ちになって、ほとんど上昇しなくなります。
電磁気学の法則に従い、抵抗体の発熱量は、電流と抵抗値のみによって決まりますから、ヒーターに常に150mAを流すということは、ヒーターの
両端の電圧に関わらす、ヒーターは常に適切な発熱をしていることになります。すなわち、最初の大きな突入電流に伴う、過大な発熱を回避できます。
この方法の欠点は、LM317Tを動作させるには、LM317Tの3ピンと2ピンの間に、最低でも2.5V程度のドロップ電圧が必要なことです。
LM317Tの2ピンと1ピンの間の電圧も加えると、結局のところ、LM317Tの3ピンと1ピンの間には、最低でも、約4Vの電圧が必要です。ヒーター
の必要電圧が12Vですから、LM317Tの入力電圧は16V以上が必要です。100V-12Vトランスでは、結構、ギリギリの電圧です。
もう一つの欠点は、この4Vの電位差は、すべてロスになるということです。電流が0.15(A)ですから、その発熱量は4×0.15=0.6(W)とな
ります。スイッチング電源のときに用いた、FET回路はほとんど発熱しないのに対し、こちらの回路では、最低0.6Wの発熱はどうしても回避できません。
電源電圧によっては、LM317Tに放熱板をつけることも必要でしょう。それでも発熱が大きい場合は、LM317Tの3ピンと2ピンの間に抵抗を抱かせ
て、発熱を分散させるなどの対策が必要になるかもしれません。
それでも、突入電流が全くなく、最初から最後まで、ずっと150mAの定電流であるのを見るのは、気持ちのいいものです。これにより、真空管のヒーターのフィラメントの寿命が、少しでも延びてくれればと思います。
なお、この定電流回路を、12Vスイッチング電源による直流点灯に応用することはできません。なぜなら、この定電流回路は最低でも4Vほどのドロップ電圧を有しており、12Vの電源に接続した場合、真空管のヒーターには8Vしか電圧がかからなくなるからです。
逆に、12Vスイッチング電源のときに用いたFET回路を、トランスと整流回路による直流点灯に応用することもできません。FET回路は電圧のドロップ
がほとんど0であるため、真空管のヒーターに過電圧がかかってしまいます。もちろん、抵抗を挿入して電圧を下げることはできますが、そんなことをするぐら
いであれば、抵抗に代わりに、上記の定電流回路を挿入した方がいいでしょう。