唾液腺は、耳下腺・顎下腺・舌下腺の3つの大口腔腺(大唾液腺)と無数の小さな唾液腺(小唾液腺)で構成されています。
大唾液腺と小唾液腺はともに口腔内に唾液を分泌し、口の中の機能を保つ役割を果たしています。その機能には、抗菌作用・粘膜保護作用・pH緩衝作用・歯再石灰化作用・消化作用・自浄作用などがあると考えられています。唾液腺の萎縮やシェーグレン症候群などによって唾液腺の機能が低下するとドライマウス症状を呈して、咀嚼・嚥下障害、口臭、虫歯、歯周病、舌痛症などが現れます。
私たちは、この重要な消化腺の1つ、唾液腺がどのようなメカニズムによって形づくられているのかを研究しています。
大唾液腺―耳下腺・顎下腺・舌下腺―はいずれも外胚葉性の口腔上皮の原基がその下にある間葉内に陥入して器官形成がはじまります。 ヒトの場合、第6週頃に口腔底の上皮隆起が一連の塊として形成されて顎下腺原基となります。マウスの場合はこの現象が胎生11日目に観察されます。
その後、落ち込んだ上皮の先端は二方向に分枝(cleft)して茎部が伸長(elongation)し、伸長した上皮の先端はさらに分枝するという反応を繰り返すことによって、やがて木の枝が成長するようにダクトシステムが形成されて行きます(下図)。
このような発達様式は分枝形態形成(branching morphogenesis)とよばれ、唾液腺をはじめ、膵臓、乳腺、前立腺などのすべての外分泌腺や腎臓や肝臓・肺などの発生過程で共通して見られる器官形成機構として古くから知られています。
胎仔マウスから取り出した顎下腺原基を血清を含まない培地中で培養しても分枝形態形成は進行します。しかし、顎下腺上皮を取り囲む間葉組織を取り除いて培養した場合は分枝形態形成は停止してしまいます。このことは上皮と間葉の間での情報のやりとりー上皮間葉相互作用ーが顎下腺の分枝形態形成を調節していることを意味します。
私たちは、上皮組織と間葉組織の境界面に存在する細胞成長因子受容体と細胞接着因子によって活性化されるシグナルを詳細に解析することで、分枝形態形成機構におけるこれらの因子の役割と顎下腺器官形成メカニズムの全容を究明することを目指しています。
胎仔マウス顎下腺の分枝形態形成を調節する細胞成長因子として上皮成長因子(EGF)や線維芽細胞増殖因子(FGF)などが知られています。これらの細胞成長因子を顎下腺上皮(胎生13日顎下腺原基から分離)に作用させるとそれぞれ特異的な上皮の形態が誘導されます(下図:EGFは分枝形成、FGF10は茎部伸長を誘導)。
この現象は顎下腺上皮の分枝形態形成が進行する過程で各種の細胞成長因子は局所的に、しかも特定のタイミングで作用しながら器官形成を調節していることを連想させます。
EGF受容体やFGF受容体にそれぞれのリガンドが結合すると受容体自身のチロシン残基がリン酸化されて複数の細胞内情報伝達経路の活性化が起こります。私たちは、顎下腺の発達過程において細胞成長因子受容体で活性化されるシグナル、ERK1/2, PLCγ1、PI3K、PKCおよびAkt、などが時間的–空間的に調節し合うことで複雑な器官形成現象を調節していると考えています。そして、これらのシグナルは細胞接着因子(インテグリンなど)が発するシグナルにも強く影響を受けることが分かっています。
器官形成は、細胞増殖シグナル・細胞接着シグナルが絶妙な関係を保ちながら、お互いに影響を及ぼして進行するものと考えています。私たちは、複雑に絡みあったシグナルの糸を解きながらが分枝形態形成の機構を1つ1つ明らかにして、顎下腺器官形成機構の全容を解明したいと考えているのです。